山の頂きはすでに雪化粧で覆われている。麓でも寒風が吹き冬の到来を告げていた。
アシリチェップノミ(鮭を迎える儀式)も終わり冬支度も忙しい日々
そんなある日、陽も傾いた頃に村の入り口に人だかりが出来ていた。
今期最後となる狩猟の為に森に出ていた一行が戻って来たのだ。
その中には、屈強に育ったテシテの姿も有った。
村の習慣で冬の食料確保の為に数回に分け5~6人が組んで1~2週間かけ森で狩りを行うのである。
食料が少なくなるこの時期、森は危険である。
特に熊は冬眠に向けて獲物を漁っている為、普段以上に危険な存在に成っている。
しかし、安全に冬を越すためには、危険を承知で狩り出ねば成らない。
極寒での餓えは、そのまま死に繋がるからだ。
今回の成果は、鹿が1頭に兎が5羽だった。
成果としては多い方では無かったが、最後としては決して少ない量では無い。
しかしテシテ達一行の疲労の色は普段よりも濃い
村人達の労いの言葉にも生返事で皆足早に自分のチセに帰っていく。
「お帰り、テシテ 今回は大変だったみたいだな。」
皆と同様に自分のチセに戻ろうとしたテシテの肩に手を置き声を掛けて来た者が居た。
肩の手を乱暴に振り払い相手を睨み付けるが、それが兄のエシテだったと気付く・・・
「・・・兄者か・・・すまん、疲れているんで一眠りしたい・・・」
エシテに対し静かにそう告げると足早に自分のチセに向かった。
そんなテシテの態度に戸惑うエシテだったが、
「一休みしたら父様のチセの来い 久々に3人で火を囲もう」
と歩み去るテシテの背中に声を掛けた。
それに対し言葉ではなく手を振って答えるテシテだった。
その夜、テシテがアガダタのチセに姿を表したのは陽も落ちてかなり経ってからの事だった。
「今回の狩猟は、かなり大変だったようじゃな」
一目で疲れが抜けきれていないと解かるテシテに対してのアガダタの第一声はそれだった。
「・・・まあな」
テシテはそう短く答え、囲炉裏を挟んでアガダタの前に腰を下ろす。
「一体何が有ったんだ? お前がそこまで疲れている所なんて始めて見るぞ
もしかして、獲物の量が少なかった事を気にしているのか?」
左隣に座っているエシテが心配そうにテシテの顔を覗きこむ。
「獲物の量は始めから考えていた量だ、問題無い。」
囲炉裏の火をジッと見つめ静かにテシテは答える。
「じゃぁ、どうしたって言うんだ。
怪我人一人出さずに戻れた事を考えると熊に襲われた訳でも無いんだろ」
テシテのはっきりしない態度にエシテは声を荒げてしまう。
確かに過去、狩猟の途中で熊に襲われ死者が出た事が有った。しかし、今回は怪我人一人出ていない。
「・・・森が・・・森が変だったんだ。」
しばらくして搾り出すような重い口調でテシテは呟いた。
「森が変?」
二人のやり取りを静かに聞いていたアガダタだったが、テシテの呟きを聞き表情を強張らせた。
「ああ、北の山を越えた辺りから急に山の感じが変わったんだ・・・
なんて言うか・・・こう、なにか邪気が森を包み込んでいるかのように空気が重く、
肌に突き刺さるような殺気が充満してるんだ。
すぐにでもその場を逃げ出したい気持ちだったよ。」
そんなアガダタの表情に気付かず、テシテは続けた。
「殺気・・・獲物を狙う動物達の物じゃないのか? この時期の動物は皆、冬に備えて必死だからな」
考え深げにエシテがテシテに問い掛ける。
「確かにこの時期の動物達は殺気だってる。けど、あれは森の動物達の物じゃない。
あの殺気は獲物を狙っている物じゃない、あれから感じるのは単に『破壊』だけなんだ。」
今度はテシテが声を荒げエシテに詰め寄る。
「おいおい、落ち着けよ」
いきなりテシテに詰め寄られ焦り気味に落ち着かせようとするエシテだった。
そこへ、
「大体の事は解かった。テシテ、チセに戻って身体を休めろ。
これから冬支度が本格的に始まる。忙しい日々は、まだまだ続くんじゃからな。
エシテも良いな。」
と囲炉裏の火をいじりながらアガダタが二人に声を掛けてきた。
「解かってる、疲れてるからってサボったりなんかしないよ。」
そうテシテはアガダタに言うと立ち上がった。
「ムシカフチがチセの修繕を手伝って欲しいそうだ。頼めるか?」
立ち上がったテシテにエシテが声を掛けた。
「ムシカフチか、解かった。夜が明けたら行ってみるよ。じゃな、おやすみ」
エシテにそう答え、テシテは自分のチセに戻って行った。
「それじゃ私もチセに戻るよ おやすみ、父様」
テシテを追う様にエシテも自分のチセに戻って行った。
二人を見送った後、囲炉裏の火をジッと見つめていたアガダタだったが
「破壊のみの邪気か・・・今年の冬は厳しく成りそうじゃな」
ボソッと呟いたその表情には、何か思いつめたような険しい物が浮かんでいた。
アシリチェップノミ(鮭を迎える儀式)も終わり冬支度も忙しい日々
そんなある日、陽も傾いた頃に村の入り口に人だかりが出来ていた。
今期最後となる狩猟の為に森に出ていた一行が戻って来たのだ。
その中には、屈強に育ったテシテの姿も有った。
村の習慣で冬の食料確保の為に数回に分け5~6人が組んで1~2週間かけ森で狩りを行うのである。
食料が少なくなるこの時期、森は危険である。
特に熊は冬眠に向けて獲物を漁っている為、普段以上に危険な存在に成っている。
しかし、安全に冬を越すためには、危険を承知で狩り出ねば成らない。
極寒での餓えは、そのまま死に繋がるからだ。
今回の成果は、鹿が1頭に兎が5羽だった。
成果としては多い方では無かったが、最後としては決して少ない量では無い。
しかしテシテ達一行の疲労の色は普段よりも濃い
村人達の労いの言葉にも生返事で皆足早に自分のチセに帰っていく。
「お帰り、テシテ 今回は大変だったみたいだな。」
皆と同様に自分のチセに戻ろうとしたテシテの肩に手を置き声を掛けて来た者が居た。
肩の手を乱暴に振り払い相手を睨み付けるが、それが兄のエシテだったと気付く・・・
「・・・兄者か・・・すまん、疲れているんで一眠りしたい・・・」
エシテに対し静かにそう告げると足早に自分のチセに向かった。
そんなテシテの態度に戸惑うエシテだったが、
「一休みしたら父様のチセの来い 久々に3人で火を囲もう」
と歩み去るテシテの背中に声を掛けた。
それに対し言葉ではなく手を振って答えるテシテだった。
その夜、テシテがアガダタのチセに姿を表したのは陽も落ちてかなり経ってからの事だった。
「今回の狩猟は、かなり大変だったようじゃな」
一目で疲れが抜けきれていないと解かるテシテに対してのアガダタの第一声はそれだった。
「・・・まあな」
テシテはそう短く答え、囲炉裏を挟んでアガダタの前に腰を下ろす。
「一体何が有ったんだ? お前がそこまで疲れている所なんて始めて見るぞ
もしかして、獲物の量が少なかった事を気にしているのか?」
左隣に座っているエシテが心配そうにテシテの顔を覗きこむ。
「獲物の量は始めから考えていた量だ、問題無い。」
囲炉裏の火をジッと見つめ静かにテシテは答える。
「じゃぁ、どうしたって言うんだ。
怪我人一人出さずに戻れた事を考えると熊に襲われた訳でも無いんだろ」
テシテのはっきりしない態度にエシテは声を荒げてしまう。
確かに過去、狩猟の途中で熊に襲われ死者が出た事が有った。しかし、今回は怪我人一人出ていない。
「・・・森が・・・森が変だったんだ。」
しばらくして搾り出すような重い口調でテシテは呟いた。
「森が変?」
二人のやり取りを静かに聞いていたアガダタだったが、テシテの呟きを聞き表情を強張らせた。
「ああ、北の山を越えた辺りから急に山の感じが変わったんだ・・・
なんて言うか・・・こう、なにか邪気が森を包み込んでいるかのように空気が重く、
肌に突き刺さるような殺気が充満してるんだ。
すぐにでもその場を逃げ出したい気持ちだったよ。」
そんなアガダタの表情に気付かず、テシテは続けた。
「殺気・・・獲物を狙う動物達の物じゃないのか? この時期の動物は皆、冬に備えて必死だからな」
考え深げにエシテがテシテに問い掛ける。
「確かにこの時期の動物達は殺気だってる。けど、あれは森の動物達の物じゃない。
あの殺気は獲物を狙っている物じゃない、あれから感じるのは単に『破壊』だけなんだ。」
今度はテシテが声を荒げエシテに詰め寄る。
「おいおい、落ち着けよ」
いきなりテシテに詰め寄られ焦り気味に落ち着かせようとするエシテだった。
そこへ、
「大体の事は解かった。テシテ、チセに戻って身体を休めろ。
これから冬支度が本格的に始まる。忙しい日々は、まだまだ続くんじゃからな。
エシテも良いな。」
と囲炉裏の火をいじりながらアガダタが二人に声を掛けてきた。
「解かってる、疲れてるからってサボったりなんかしないよ。」
そうテシテはアガダタに言うと立ち上がった。
「ムシカフチがチセの修繕を手伝って欲しいそうだ。頼めるか?」
立ち上がったテシテにエシテが声を掛けた。
「ムシカフチか、解かった。夜が明けたら行ってみるよ。じゃな、おやすみ」
エシテにそう答え、テシテは自分のチセに戻って行った。
「それじゃ私もチセに戻るよ おやすみ、父様」
テシテを追う様にエシテも自分のチセに戻って行った。
二人を見送った後、囲炉裏の火をジッと見つめていたアガダタだったが
「破壊のみの邪気か・・・今年の冬は厳しく成りそうじゃな」
ボソッと呟いたその表情には、何か思いつめたような険しい物が浮かんでいた。
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by nero_160r
| 2008-06-07 02:27
| 魔に魅せら者(ノベル)