人気ブログランキング | 話題のタグを見る

CG集とナコルル中心の創作ノベル


by nero_160r
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

「恐怖の意味」

テシテは上も下も無い暗闇の空間の中に居た。
浮いている感覚は無い、だが立っていると言う感覚も無い、それどころか五感全てに
何も感じていない。
有るのは手に残る人を斬った感触、目に焼付いた恐怖に歪む人の顔、耳に残る断末魔の叫び
目を閉じようが耳を塞ごうがそれらを払うことが出来ずテシテはただ耐えるしかなかった。

不意に遠くでぼんやりした光が現れ、それは見る見る内にテシテに近づいてくる。
光の中から現れたのは紛れも無く『羅将神ミズキ』と名乗った巫女であった。
ミズキはテシテの頬をやさしく撫ぜながら話し掛けてきた。
『何をそんなに悩んでおるのじゃ?』
その言葉にビクッと一瞬身を震わせたテシテだった。
「俺は兄貴を・・・長老を・・・巫女様を斬った」
やっとの事で言葉を搾り出す。
『あやつ等はお主を殺そうとしたでは無いか お主は自分の身を守るためにやった事じゃ
 自分の身を守るために戦うのは自然界では当たり前の事では無いのかや?』
「確かにそうだが・・・」
『お主は当たり前の事をしただけじゃ それをなぜにそんなにも悩むのじゃ』
「しかし、俺が奪った命は・・・」
『では聞くがお主にとって正義とは何じゃ?悪とは何じゃ?』
「正義・・・悪・・・」
『他の命を奪う事は悪なのか?
 人は生きるために多くの他の命を犠牲にしているではないか?
 自分の身を守る時しかり、他人の身を守る時しかり、食料を得る時しかり・・・
 お主もそうして今まで多くの他の命を奪ってきたのではないのか』
「しかし今回俺が奪った命は普通の命じゃない。
 たった一人の肉親の命とコタンを代表する長老の命とコタンを守る巫女様の命だぞ。」
巫女の言葉は子供を諭すように優しさを含んでいたが、テシテはそれを拒絶するが如く声を
荒げてしまう。その声には怒気では無く悲痛な思いが篭っていた。
『普通の命では無いとは、これはまた妙な事を言う
 お主、人が特別な存在だとでも思っておるのではあるまいな?』
そんなテシテの思いをあざ笑うかのような表情をミズキは浮かべていた。
『自然界において、植物、動物、人、そして我ら魔も含めこの世に存在する命の価値は
 全て等価じゃ。それを人の命が特別などと思うのは単なる思い上がりじゃ 違うか?
 まして、弱肉強食は自然界における揺るぎようの無い法則じゃ
 そ奴らはお主より力が無かった為、お主の返り討ちにあった。
 ただそれだけの事ではないのかや?』
「・・・」
ミズキの言葉にテシテはどう答えて良いのは言葉が見つからなかった。
『それにお主は我の主アンブロジャ様の力ですでに魔になっておる。
 魔は人の命を糧に生きる存在じゃ。人の命を奪ったからと言っていちいち悩むでない。』
「俺が魔だと・・・」
『額の印がその証じゃ。我が刻んでやったのを忘れたのかや』
そう言いミズキがテシテの額に手を翳すと、テシテの体中に力がみなぎって来る。

 「はっ・・・」
目を覚ますと、昨晩、横になった同じ場所だった。
コタンを後にしてから夢に魘されると必ずミズキが現れテシテがエシテ達を斬り殺した事を
正当化し、力を授けてくれる。
その為、知らず知らずのうちにテシテは、その力に我を見失いつつ有った。
全てミズキが仕組んだ事だとも知らずに・・・
「弱肉強食・・・確かにそうかも知れん。
 俺が剣の修行に励んでいたのも力を付ける為、誰よりも強くなるため・・・」
そう一人呟き手元に転がっていた石を思いっきり握り締める。
『ガキッ』
鈍い音を立てて石が割れる。
その割れた石を見て口元に薄笑いが浮かんていた事にテシテ自身気付いていただろうか?
割れた石を投げ捨て、白み始めた空を見上げフラフラと歩き出した。


 辺りも薄暗くなった頃、テシテは小高い崖の上から下を見下ろしていた。
無表情に見つめるその先では子供が熊に襲われている所だった。
しかもその子は果敢にも熊に対し戦う素振りを見せている。
もっとも得物が枯れ枝では到底勝ち目は無い。普段のテシテで有れば子供を助ける為に
間髪入れず割り込んでいる所だが、今のテシテはミズキの言葉に魅入られ
『弱者は強者の生きる糧となる』
と言う思いに囚われている為、この結果の解った戦いを冷ややかに見つめていた。

 その子供は熊の攻撃を何とか交わしていたが、力の差は歴然でありすぐに追い詰められた。
そして熊が止めとばかり襲いかかろうとした瞬間、テシテの横を擦り抜け崖を飛び出して行く
2つの影が有った。着地した影は子供を庇うがの如く熊に対し身構えた。
しかもその手には何時抜刀したのか一振りの剣を携えていた。
突然の事で熊が混乱していると見て取ると、間髪居れずに一気に間合いを詰め、熊の眉間に
強烈な一撃を加えた。その一撃で熊は完全に悶絶してしまった。それほどの一撃で有った。
 「力任せじゃ無い剣撃であれだけの威力を出せるとは、かなりの体術使いだな・・・」
崖の上から傍観していたテシテは熊を倒したその人影に興味は湧き崖を下りていった。

 崖から降り立ったテシテの目の前に居たのは、年の頃なら17~18の少女とその少女に
寄り添うようにしている片目が潰れた白銀の狼だった。
しかも、その少女の背丈はテシテの胸辺りまでしかなく身体付きを見ても、熊を一撃で
倒したとはとても思えなかった。
しかしそれ以上にテシテが驚いたのは、その少女も褐色の肌をしていた事だった。
自分以外で褐色の肌を持つ人を見たのは初めてだったからだ。
 少女もテシテの褐色の肌には驚いたのか、すこし表情を強張れていた。
「俺はテシテ あんた・・・」
テシテが声をかけようとしたが、少女が先に声をかけてきた。
「あたしはレラ あんた、この辺りじゃ見かけない顔だね。流れ者かい?
まぁそんな事はどうでも良い、この辺の熊は気が荒いからね。
とっとと離れたほうが身のためだよ。」
他にも何か言いたそうだったが、それだけテシテに言うと背を向け、襲われていた子供の
様子を見るため離れていった。
「へぇ俺の身を案じてくれるとは嬉しい限りだな
けど、さっきぐらいの熊ならどうって事は無いさ 俺の手に掛かれば一撃だぜ。」
レラの言葉の意味も考えず、照れ笑いをしながらその背に向って言葉を返す。
「怪我は無いみたいだね・・・さっミカト、帰るよ」
しかし、レラはミカトと呼ばれた子供の怪我が大した事が無いと確認すると、テシテの言葉
を無視しそのまま歩み去ろうとしていた。
「おいおい、ちょっと待てよ」
無視させたテシテは慌てて2人を追いかけ、レラの肩に手をかけようとした。
その瞬間、テシテの手は跳ね上げられていた。
「気安く触るな あんたみたいな格好だけの野郎には虫唾が走るんだよ。
熊に襲われてぼろが出ないうちにさっさとここを離れる事だね」
振り向き様にレラが怒声と共にテシテの手を跳ね上げていたのだ。
「とっ・・・格好だけの野郎って? 何を怒っているんだ?
さっきぐらいの熊なら問題ないって言ったろ」
レラの言葉の意味が解らないテシテはその怒りの意味も解っていない。
「ふん、弱い奴ほど良く吼えるってね。
この子が熊に襲われていたのを見てるだけだったのにでかい口を叩くね」
再びテシテに背を向けたレラは吐き捨てるように言った。
「弱い奴って聞き捨てなら無いな、これでも・・・
ん? もしかしてその子を助けなかったから怒っているのか?
弱肉強食が自然界の掟だぞ
俺が助けなかったからってなんであんたが怒るんだ。」
以前のテシテからは考えられない言葉である。
「そうさそれが掟だよ。だから、刃を持つ者が持たない者を守るんだ。
そんな事も解らないのか」
レラはテシテに背を向けたまま怒気を含めた言葉を返す。
「弱い奴は強い奴の生きる糧にしかならないんだぜ。
それなのに弱い奴を助ける為に強い奴が刃を振るうなんて、その方が変だぜ。」
嘲るように言い返すテシテだったが、その表情が強張っていく。
「とっととこの辺りから消えな。それともあたしが消してやろうか?」
何時の間にかレラはテシテの懐に入り込み、しかも抜刀した刃をテシテの喉に押し当て
いたのだ。
「俺を消す? 俺を殺すと言うのか? そうかお前も俺を殺すと言うのか?」
テシテの強張った表情が見る見る憤怒の表情に変わっていく、それに連れてテシテの放つ
気も変わっていく。
テシテが放ち出した気は邪気・・・紛れも無く魔のそれであった。
「なっ・・・」
その余りの急な事にレラも驚きテシテから離れる。
「そうかお前も俺を殺すと言うか 兄者や巫女様と同じだ、みんな俺を殺そうとする。
良いさ俺には力が有る。返り討ちにしてやる・・・」
レラが離れると、テシテは膝をつきその場にしゃがみこみ、ぶつぶつ独り言を呟き出した
そして、その全身から放たれる邪気がどんどん歪んで行く。
「こいつ・・・シクルゥ、ミカトを連れてここから離れろ」
その邪気に今までに無い危険な物を感じたレラは銀狼シクルゥにミカトを連れて逃げる
ように指示を出した。
その背に凶悪な殺気を含んだ邪気・・・いや、それはすでに殺意しか感じられない気が
レラを覆うように広がって来るのを感じた。
振り向くと、ゆっくりと立ち上がろうとしているテシテが目に入る。
こちらに向けられている眼は血のように真っ赤に輝いていた。
「魔に取り付かれているなんてね。安心しな、私が楽にしてやるよ。」
テシテに対し刃を構えながら声をかけるレラだったが、その額には汗が滲んでいた。
「楽にする・・・俺を殺すって事か 良いぜ殺りなよ 俺より力が有ったら簡単なことだ
その代わり俺より力が無かったら、お前が死ぬんだぞ」
最後にニヤっと笑ったかと思うと一瞬で間合いを詰め袈裟懸けに刃を振り下ろしてきた。
レラからすると瞬きした瞬間にテシテが目の前に居たのだ、咄嗟に刃で受けその力に逆ら
わず受け流せたのは奇跡に近い。
「こいつ、強い・・・」
間合いを開け体制を立て直そうとするレラだったが、その間合いを一瞬で無にし残像が残る
程の速度で繰り出されるテシテの剣撃を受け流すのがやっとの状態であった。
「どうしたどうした、俺を殺すんじゃなかったのか
さっきまでの鼻息の荒さはどうしたぁ その程度の腕で粋がってたのかぁ恥ずかしい奴め」
逆にテシテは口元に下卑な笑みを浮かべる余裕が有った。
「これならどうだ」
上下左右か繰り出していた斬撃を、いきなり突きに切り替えた。
「苦っ・・・」
切っ先を見極め弾く、もしくは避けてなんとか凌いでいたレラだったが斬撃よりも手数と
速度が上回るテシテの突きに、レラの身体は徐々に切り裂かれていく。
「なかなかしぶとい奴め そろそろ止めだ。死ね」
切り裂いているとはいえ致命傷が与えられないことに焦れたテシテは大きく身体を捻り力を
込めた一撃を繰り出そうとした。
その時テシテの突きが止まった。レラはその一瞬を見逃さずテシテの首に刃を一閃させた。
『がふっ』
しかし、吹き飛んでいたのはレラだった。
手を止めたのはテシテの罠だったのである。
剣先の動きに集中していたレラは、テシテの繰り出した蹴りがまったく見えていなかった。
「こ・・・このや・・うっがはっげほっ」
懸命に身体を起こそうとするレラだったは、呼吸困難で動けないのは一目瞭然だった。
身体ごと吹き飛ばされる程の蹴りを無防備な状態で溝打ちに喰らったのだ、意識が有るだけ
でもレラの精神力の強さが解る。
そんなレラを悠然と見下ろしながらテシテが近づいてきた。
「なかなか楽しかったぜ せめて最後は楽に逝かせてやろう」
真っ赤な眼に歓喜な表情を浮かべたテシテが刃を振り上げたその時、レラが背にした木の
背後からシクルゥが飛び出しテシテの腕に噛み付き、その勢いでテシテを投げ飛ばした。
「こ、この野郎 邪魔をするなぁ」
最後の楽しみを邪魔され憤怒の表情を浮かべたテシテはシクルゥの頭を掴み無理矢理引き剥
がし地面に叩きつけた。
「よくも邪魔をしてくれたな 先に殺してやる」
地面に叩きつけたシクルゥに切りかかろうとした時
「待てっ今度は僕が相手だ」
横から叫ぶ声があった。
声の方向を見るとそれはレラの刃を構えているミカトと呼ばれていた子供だった。
「シクルゥ大丈夫? シクルゥはレラを見てて 大丈夫、あいつは僕が倒す」
強気な事を言ってはいるが、剣先や足が震えている事から怯えているのは一目瞭然だった。
「止めろ、おまえじゃ相手にならない 早く逃げろ
シクルゥ、何をやっているんだい早くミカトを連れて逃げる」
そんなレラの叫びに
「大切な人達を守る為に僕は剣術を習ったんだ。だから、僕はレラを守る。
大丈夫だよ、レラが教えてくれたんだもん絶対に魔なんかに負けないよ。」
涙の浮かんだ眼でテシテを睨みながら、あくまでも強気に出るミカトだった。
「お前が俺を倒すだと・・・魔に負けないだと・・・
笑わせるな、震えているその身体で何が出来る」
2度も殺しの邪魔されたテシテはすでに鬼の形相を呈していた。
刃を振り翳しミカトに近寄るテシテ・・・ミカトはただ刃を構えているだけだった。
しかし、そんなミカトと眼が合った瞬間テシテの動きが止まった。
『なんだ・・・なんだこいつは・・・身体が・・・身体が動かない』
この感覚は子供の頃に味わった事がある。それは『恐怖』
恐怖に身体が竦み動かなくなる。
しかしなぜ怯えているとしか見えない子供に自分が恐怖を抱くのか
それがテシテには解らず、戸惑っていた。
「う・・・う・・・うわぁぁ」
強気な事を言っていても、刃を振り翳し自分を見下ろしているテシテを眼の前にしてテシテ
の状態を見極める余裕などミカトには無い。
何時刃を振り下ろしてくるか、目の前の状態に耐え切れなくなった時ミカトは叫び声と共に
テシテに切りかかっていった。
「ぐっ」
胸を切り裂かれテシテの竦みが解けた。
だがミカトに対する恐怖が消えた訳ではない、その為に前に出れず下がる事しか出来ない。
下がってミカトの斬撃を交す。その間にも理解できない恐怖に対し苛立ちが積もる。
そして苛立ちが恐怖心を超えたとき、テシテはミカトに刃を振り下ろしていた。
『ガキ~ン』
鋼と鋼の打ち合う音の響きと共にミカトは弾き飛ばされた。
小さなミカトがテシテの剣撃に耐えられる筈も無い、しかしテシテの方も衝撃を受けたかの
ように息を荒げながらその場に立ち尽くしていた。
「シクルゥ」
不意にレラの叫び声が響いた。
次の瞬間、シクルゥがテシテに体当たりをかけてきた。
まったく予期していなかった攻撃に呆気ないほどテシテは弾き飛ばされてします。
「うっうわぁぁぁ」
そして弾き飛ばされた先に地面はなく、叫び声と共にテシテは崖下に落ちていった。

テシテの声が途絶える頃、崖下を覗くレラとミカトの姿が有った。
「レラ 傷は大丈夫?」
あっちこっちに血を滲ませているレラにミカトが心配そうに声をかける。
「あぁこのぐらいの傷なら大丈夫だよ」
本当は立っているのも辛かったが、ミカトを安心させようと笑って答える。
大丈夫を聞いてほっとした表情を浮かべるが
「ねぇレラ 今の人・・・」
すぐに沈んだような表情になり、おずおずをミカトがレラに声をかける。
「下は川に成って居るけど、この高さじゃ助かりっこ無いさ。」
冷ややかに崖下を見詰ながらレラが答える。
「僕が・・・殺ったんだよね」
そうミカトが呟いた時
「止めを差したのはあたしだ。
それに魔に魅入られた者は死なないとその呪縛から解放されない。
死を持って人を救う事も有るんだ、ミカトが気に病む事は無いよ。」
人を殺めたと言う事でミカトが精神的な傷を負った事を癒そうとレラはそう諭す。
「・・・うん」
死して人が救われたと言われ少しは落ち着きを取り戻す。
「今日はもう遅い、ナコルルが心配してるだろうから早く戻った方が良い。
シクルゥ、コタンの近くまで送っておやり。」
レラに寄り添っていた銀狼がレラの言葉に従いミカトに寄り添うように寄って来た。
「ありがとう レラ、シクルゥ」
シクルゥを撫でながら無理に笑顔を作って見せるミカトだった。
by nero_160r | 2008-10-28 00:18 | 魔に魅せら者(ノベル)